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言葉の壁もなんのその(明徳義塾高校での交流会) |
(財)高知県国際交流協会 Spring No.32 |
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〈特集〉韓国光州友好訪問団来高 |
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現地では、「日本や日本人はケニアの人々から慕われ信頼されている」ということを同僚の教師仲間からよく聞きました。これはケニア人の特質と日本人の性質の双方に起因していると思います。 ある日、同僚のケニア人教師を訪ねた時のこと、彼はちょうど夕飯を食べていました。メニューは一握りのウガリ(とうもろこしの一種の粉を団子にしたもの)とスクマ(キャベツの仲間)の油いためです。「こっちに来て夕食を一緒に食べよう。」「いや、二人で食べると君の分が…。」「気にするな、一緒に食べよう。」結局、ご馳走になってしまいました。ケニアの人々はどんな時でも、ともにいる人と分け合うことが自然にできるのです。
帰国して十数年たって今思うことは、世界の国々にある「競争」という考え方を「協奏」という音色に、また「勝算」を「称賛」、「損得」を「尊徳」へと調律しなおし、違う思想や宗教を持った国家としての「一体感」を国家の集合体である地球意識という「連帯感」へと育むことの大切さです。 そして、「今の地球」というオーケストラのまとめ役として最適なのは日本ではないかということです。それが出来る知識、技術、経験、資金は日本にあると思います。そんな夢をもって青年海外協力隊OB会会員として日本と外国の技術、文化交流にこれからも積極的にかかわってゆきたいと思います。 さて、十数年前に比べ今は自然環境問題が顕著に現れてきています。このままでは「世界が平和になっても地球には住めない」ということにもなりかねません。事態は深刻なところまできています。例えば地球の温暖化の原因と言われるCO2の大量 排出が始まったのは200年前です。蒸気機関が発明され大量に化石燃料が燃やされました。そして「なんか地球の温度が上がり始めたな」と気づいたのは100年前です。なんと騒ぎ出したのは5年前です。私たちの自然環境に対する感覚は、それくらい愚鈍なのです。 これからの国際協力・交流活動は、自然環境問題を考えつつ国際技術・文化交流を同時に進めてゆくことが必要です。個人としても青年海外協力隊OB会会員としても、このことを忘れず、21世紀の国際活動に取り組んでゆきたいと思っています。
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