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自然破壊が進むアンコール遺跡群のタプロム

インドシナ・スタディツアー

〜THAILAND、LAOS、CAMBODIA〜

 平成14年7月31日から8月8日までインドシナスタディツアーが実施されました。 県内中高校生12名を含む22名がタイ・ラオス・カンボディアの国際協力の現場や文化遺産を視察しました。




【アンコール遺跡群】
葉山中学校3年  松尾 安由美   下元 菜々子

 壁の彫刻は非常に細かく一つひとつに物語(神話)があります。物語は3層になっていて、上ら天国、現在、地獄を表しています。天井や柱には、細かい模様が彫られていました。重い岩などは象が運び、組み合わせた岩は樹の油でつけたそうです。中には物売りや物乞いをする人はいませんでしたが、遺跡の中は涼しいので現地の人が寝ていました。

 事前研修でビデオや資料を見ていましたが、実際に自分の目と足で体感すると想像以上に大きく綺麗で感動しました。昔の職人の創造力と器用な手先は計り知れないものがあります。




(左)ヴィエンチャンの市場で
見たカラフルな卵

(右)モーニングマーケットで




トンレサップ湖での生活風景

【トンレサップ湖】
葉山中学校3年  平井 拓次

 アンコールワットの南東にある琵琶湖の10倍もある湖を訪れました。

 飲み水以外の生活に必要な水はすべてここの水を利用します。食器を洗い、野菜を洗い、入浴や水泳をし、そして排泄もするため、普通 の湖とは違って水は茶色く濁り、とても汚かったです。店、美容室、学校など全ても生活は湖の上にあります。日本では考えられない生活が彼らにとっては普通 の生活で、とても驚きました。





ラオス青年同盟にて文化交流

【ラオスの中高生と交流】
葉山中学校3年  中井 真紀   宮本 多映子

 言葉は全て英語だったので最初は戸惑いましたが、私たちが会った中高生はとても人なつっこく積極的に話しかけてきてくれ、すぐに打ち解けました。文化交流では、あや取りと折り紙を紹介しました。あや取りは説明がとても難しく苦労しました。折り紙に関しては、手先が器用で覚えがよいため、私たちより上手でした。別 れるときは親友との別れのように感じ、本当に寂しく、「必ず手紙を書くから」と約束をして泣きながら抱き合いました。

 今回は比較的裕福な家庭の子どもたちとの交流だけでしたが、ラオスをとても近くに感じることができ、困っていることがあれば援助やボランティアなどで助けてあげたいと思い始めました。





青年同盟で合気道を教える青木さん

【JICA Expert 、シニアボランティアの活動現場】
葉山中学校3年  西元 香恵   松浦 純香

*合気道 目的は身を守るため。中学生くらいの生徒が沢山いました。生徒は日本語を使い、畳の上だったので日本にいるような気がしました。

*学校教育 英語のクラスを見学しました。教室の造りは日本と同じでしたが、クラスの中では先生も生徒もほとんど英語を使っていました。使える英語を勉強しているなと思いました。

*専門技術 ミシンと美容師のクラスを見学しました。ミシンのクラスでは服を作りそれを売っています。美容師のクラスでは、日本人の先生がマネキンを使って教えていました。また、髪だけではなくネイルアートの勉強もしていました。

 しかし、ラオスには学校に通えない子どもたちが沢山います。今後何かの活動に参加する機会があれば、そういった子どもたちに勉強を教えてあげたいです。





日本大使館での大使の話

【日本大使館、JICA事務所】
葉山中学校3年  高橋 弘樹   西岡 亨

 大使館は二重扉で厳重な警備で、入るとき緊張しました。橋本逸男大使からラオスの国情と国際協力のあり方について詳しいお話がありました。ラオスでは学校の校舎も大切だがそれよりも勉強するという精神とか読書の習慣とかが必要だと言っていました。

 JICAの事務所は大使館と違い家を改築した建物でした。「今ラオスには病院の建設と技術指導員が必要だ」と所長が話してくれました。

 今後何かの活動に参加することができれば、コンピューターの勉強をして、今まで手作業でしていたような仕事、たとえばカルテの打ち込み等ができるように技術を教えたいです。





勉強をするきっかけとなった泰緬鉄道

【泰緬鉄道】
土佐女子高校2年  西岡 わか

 カンチャナブリ戦争博物館では私は今まで知らなかった事実を知ることができた。まず第一に捕虜の中でも身分の違いで扱われ方に大きく差があったこと。しかし多くの人が私が前から考えていたような厳しい扱われ方をしていた。第二に彼らは手に入れることのできる全ての材料で劇場を作っていたこと。苦しい時にも自分達が楽しめるように工夫をしていたのは素晴らしいと思う。第三は戦争捕虜のほかに多くのアジア人労働者がこの鉄道建設で亡くなったということだ。実際私達は泰緬鉄道に乗った。窓からは緑いっぱいの懐かしい風景が見えた。この鉄道を数年という短い期間で造り上げた捕虜やアジア人労働者を思うと胸が痛い。この一つひとつの板やレールをはめ込むのに多くの犠牲者がいたことを考えると、日本が戦争の被害者であるという気持ちが薄れてしまう。

 学ぶことが多かった今回のツアーから帰ってきて、私は今始めたい事がたくさんある。そうして世界平和に貢献できる力を身につけたいと考えている。私には、英語を話す力はもちろん日本語の能力が必要だと感じた。自分の気持ちを自国の言葉で正確に伝える力である。





ダオビイさん宅 矢野川さん:3人の子どもの後ろ

【ダオビイさんに会えた!】
    公務員  矢野川 禎子

 2年ほど前、ラオスから県立中央病院へ研修に来ていたダオビイさんと知り合った。日本とは異なるラオスの様子や子どもとお姑さんに関する共通 した話題に花が咲くにつれ、「いつかラオスに行ってみたい」と思うようになった。「インドシナスタディツアー」の広告で「ラオス」の文字を目にした時、即、行こうと決心。さっそく彼女が働く病院に手紙を出した。しかしラオスに着いてから音沙汰が無く、会えないかもしれないと諦めかけていたところに連絡が入り、ラオスでの再会を喜んだ。昼食を招待され彼女の家に行くと大勢の家族、友人達が迎えてくれ、ラオスの家庭料理で歓待してくれた。たちまちラオビールで「ニョ(乾杯の意味)」「乾杯」の合唱となり、タイ語、ラオス語、日本語、英語が飛び交い賑やかな食事会となった。かわいい二人の娘さんや3ヶ月の息子さん、そしてとてもシャイなご主人にもお目にかかれて、本当にラッキーな旅行だった。




(左)セタティラート病院を視察

(右)医療機器センターを視察


【旅のつれづれ】
    医師 畠中 雄平

 「この国の医療における喫緊の課題は感染症対策やいわゆる最低限の医療の整備で、精神医療や発達障害への対応が重要でないということではないが、とてもそこまでは手が回らないのが現状です。」僕の質問へのJICAラオス事務所の岡田さんの答だ。予想はしていたが児童精神科医の僕としてはラオスにもいるはずの障害を持つこどもたちの現状が気にかかる。援助の基本は相手方の希望に即して、ということなのだろうが、高価な医療機器よりも日本の誇る乳幼児健診システムなどのソフト面 でのサポートができないものかと感じた。

 それにしてもラオスやカンボジアのこども達の笑顔のまぶしかったこと。あの子たちの瞳には未来が見えているのだろう。



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